不登校の背景?入学後しんどさを抱えていたこと

学校に行けなくなった時、私も含めてみんなその理由を探しました。
「なんで行かないの?」「何か嫌なことがあるの?」という問いかけをして、もし嫌な原因がわかればその原因を取り除きたいと考えました。
でも・・・本人はうまく説明できませんでしたし、私たちも推測するしかありませんでした。
ただ、私の気づいていなかったことも含め、状況をつなぎ合わせていく中で、こんなしんどさが絡み合ってしまったのではないかと思われたことを書いてみたいと思います。

先生から指摘されたこと

私から見るととてもひょうきんな子どもだと思っていたのですが、担任の先生からは「いつも真面目で授業中は能面のよう」だと言われました。
確かに入学してから授業参観の時などに学校での様子を見ることがあったのですが、いつものおしゃべりな様子は見られませんでした。
でもそれは参観日で人もたくさんいるから緊張しているのだと思っていました。
だから普段から授業中は能面のようだと言われたのは少しショックでした。

また、先生から放課後が忙しすぎるのではないかという指摘を受けました。
確かに毎日放課後は学童保育で過ごしてから夕方に帰っていただけでなく、曜日によっては習い事をしたり、民間学童に行ったりしていたこともありました。
習い事は保育園の時から続けていたものも、入学後に始めたものもありましたが、本人の希望するまま増やしていたので、疲れていたかもしれません。
保育園時代のことにも書いたように、もともとのんびりしたところがあるので、この忙しすぎる放課後は落ち着けなかったのかもしれないと今となっては思います。

本人が語ったこと

本人が訴えたこと不登校になってわりとすぐに「難しい漢字を書くのがしんどい」ことを訴えました。
学習障害の中に書字障害と呼ばれるものがあることは知っていましたが、次男の書く文字はいつも丁寧で形も整っていたので、そのようなしんどさを感じていたことを初めて知りました。
学校生活において文字を書く機会というのはとても多いので、そこにしんどさを感じていたのだとすると学校生活への負の感情を持ってしまっても不思議はありません。

次男の場合は書字そのものの苦手さというよりは、決められた時間に書くことが大変というスピードの問題も考えられました。
学校に行かなくなってから、次男は鉛筆を持つことを拒否する日が数ヶ月続き、タイピング入力にチャレンジしたりもしました。
その後、自分のペースであれば書くことへの抵抗も少なくなっていったようで、現在は文字を書いていますが、場数としてはとても少なくなっているので、読めるけれども書けない漢字というのがたくさんあります。
今の世の中はタイピングで何とかできる場面も多いのは多いのですが、もうちょっと手で書くことにも取り組んでいきたいという課題を現在も抱えています。

のちに本人が語ったこと

行かなくなって1年以上経ってから「1年生の時、給食の時間にみんなに囲まれて『がんばれ』『がんばれ』って言われたの、ホント嫌だったなー」と言い出しました。
次男はいくつか苦手な食べ物があり、生理的に受け付けずに吐き出してしまうようなところがありました。
保育園の給食では「嫌いなものはいつも飲み込んでいる」と言われて驚いたこともあります。
小さい時からそのように自分なりの対処法を持っていたので、小学校の給食でも残さずにがんばっていたようでしたが、苦しかったんですね…。

当時、クラスでは帰りの会の時に1日の様子を班ごとに振り返っていました。
そして、発表ができたとか給食を残さずに食べられたなどといった項目をクリアすることができるとシールをもらえるような仕組みになっていました。
この仕組み自体はよく取られる手法だと思いますし、みんなで励ましあったり、シールというご褒美を目指して苦手なこともがんばるといったようにプラスの効果も持っていると思います。
ただ、班ごとであるが故に、「自分が給食を残してしまったらみんなに迷惑がかかる」と追い込んでしまう子も出てしまうでしょう。
班のみんなが励ましてくれたのは「○○君が残したら、私たちの班はシールがもらえない」と追い込んでいたわけではなく、本心からの励ましだったのだとは思うのですが、1年以上経ってからも心に残っていたネガティブな記憶のようでした。

このような給食問題というのは少数ではあるものの、深刻なところもあるとは思っています。
同じ頃、長男のお友達にも「食べ残しゼロ」を目指すクラスでの給食が辛いということがきっかけとなって学校に行けなくなっていた子がいました。
多くのお子さんにとっては楽しみであり、親にとってもありがたい給食ですが、苦手な子は本当に苦手なんですよね…。
これは私自身も給食が苦手で、小学校を卒業してお弁当になった時、心からほっとしたという経験があるから気になっているだけなのかもしれませんが。

もちろん好き嫌いなくいろんなものが食べられることは望ましいことですし、家庭とは異なる味に触れる機会というのは大切な経験です。
ただ、次男のように慣れない味や食感への不安を感じやすかったり、敏感に察知しやすい子にとっては、想像以上に壁が高く、食事時間が安心できる場にはならないこともあるのだと思いました。

本人も気づかないうちに積み重なった負の感情

このように1つ1つが決定打となるほどのものではありませんが、日々ちょっとずつ感じていた「なんか嫌だな」「しんどいな」という負の感情が積み重なっていたのでしょう。
気づいた時には学校に向かおうとすると身体が固まったり、動きが止まってしまう状況になってしまっていました。

第三者から見たら大したことのない問題にも思えますし、それぐらいのしんどさはみんな乗り越えていると思われる方もおられるでしょう。
でもその感じ方も1人1人違っていて、どの程度のしんどさが限界なのかも人それぞれなので押し付けるべきではないのだということを次男から学んだように思います。
玄関でダンゴムシのように固まってしまった次男の姿は今でも忘れることができません。

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