不登校になりやすい子の特徴ってあるの?〜幼少期を振り返る〜

次男が学校に行けなくなった時、正直、戸惑いました。
いろいろな話を聞いていく中で、1つの原因に絞り込むことはできないけれど、背景にあるものがなんとなく見えてきたようにも思います。
ただ「こんな子が不登校になりやすい」と言いきれるようなことはあまりないと思っています。
でも思い返すと、点と点が結びついていくようなところはあります。
次男の幼少期、数年後に不登校になるような特徴を感じていたのか、周囲からはどんな子だと捉えられていたのかについて書いてみたいと思います。

幼少期はどんな子だった?

今、不登校になっている次男ですが、小さい頃はとても育てやすい子でした。
むしろ上の子の世話に追われていた思い出が強く、次男のことで悩んだ記憶がほとんどありません。
空気を読むのが上手で、1度言われたらしっかりそれを守れる子でした。
お友達のママたちからも「しっかりしている」と言われることがとても多かったです。
「叱られる」ということへの抵抗はとても大きく、これをしたら叱られるということには手を出さなかったので、聞き分けの良い子だなーと思っていたぐらいです。
今振り返ると、この辺りの性格特性が、裏を返すと不安傾向が強いということや、小学校に入ってからの息苦しさにつながっていったという気もします。

上の子やそのお友達に触れ合っていたことも影響したのでしょうか、おしゃべりも上手でした。
いろんなことを的確に伝えてくれていたので、コミュニケーションもとりやすいと感じていましたし、言語能力が高そうなので、お勉強が始まったら本領を発揮してくれるのではないかという期待をしていたぐらいです。

保育園の先生から何か指摘されたことは?

そんな状態でしたので、保育園でも特に問題を指摘されることもなく、先生からは「いつもいろんなことに気づいて教えてくれますよ」「しっかりしていてお友達をまとめてくれますよ」などと言われていました。
また、次男は運動が得意だったので、園庭で遊具を使って遊ぶ場面や運動会などの行事では、リーダーシップを取れるような場面を作っていただいていたのだと思います。

今、振り返ってちょっと引っかかるとすると、みんなで工作などに取り組む時にゆっくりしていることや、時間内に終わらせることよりも自分の納得できる作品を作りたいようだと言われていたことぐらいでしょうか。
それも当時はそんなにネガティブなこととは思っていなかったのですが・・・。
丁寧なんだなとか、最後までやり遂げたいんだななどと、とても前向きに捉えていました(鈍感な親だったということかもしれませんが、ポジティブでした)。

このように保育園時代は親の立場としても悩むことは本当になく、日々楽しく過ごしていました。

保育園という環境との相性が良かったんだな・・・

今、振り返っても保育園時代は毎日順調で、数年後にこのような状態になるとは思っていませんでした。
ただ、これは運が良かっただけなんだなとも思います。
幼稚園ならともかく、私の住んでいる地域の保育園は入園できるだけで万々歳で、方針や雰囲気などを考えて園を選り好みするなんていうことはできませんでした。
次男の通うことになった保育園も積極的に選んだのではなく、半径3km圏内ぐらいの保育園を全部書き並べていたらたまたま入園できたという感じでした。
だから本人に合っている園だと思って入園したわけではありません。

園庭も狭かったので、男の子には物足りないかも、などと思っていましたが、その分公園などにお散歩に連れ出していただいたこともあり、外遊びは十分にできたようです。
また、歌やダンスなどを行うことも多かったので、自分の得意分野を発揮できたのだと思います。
そんな中で自信を持って毎日を送れたことは、伸び伸びと成長していく上でとても大切なことでした。

規模も小さな保育園だったので、どの先生も顔見知りで関わってくださるようなところがあり、お友達との相性も良かったようで、次男にとっては安心して過ごせる環境だったようです。
園舎がきれい、広いお庭があるなど、親がいいなと思うような条件は揃っていない保育園だったのですが、次男はその空気が合っていたようです。
このように本人と環境との相性というのはとても大切なことだなと今、改めて思います。

不登校というのはいわゆる「不適応」状態にあたりますが、そのような状態になるのは本人だけに問題があるというわけでも、環境だけに問題があるわけでもなく、両者の関係性によって起こります
次男という人間そのものは昔から同じわけですが、合っている環境の時は褒められることが多かったですし、本人も心地よかったのに対し、環境が変わって小学校に入った後は噛み合わなくなってしまったということでしょう。
もちろん小学校という場所は多くの子にとっては適応できる場所なので、小学校そのものに問題があるというつもりも毛頭なく、ここの相性が悪かったのはいろんなものの組み合わせの結果なのだと思うのです。
だからこそ、次男にとって合わせやすい場所や学び方というのを試していきながら、生きていくという道の多様性についても理解していくことができると良いなと思っています。

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